教員から児童発達支援の仕事へ。高校教師だった私がフィーカをつくった理由

これまでこのブログでは、教室のことや、フィーカでやっている取り組みについて、利用者の方や保護者の方に向けて書いてきました。

今回は少し角度を変えて、ここで働いている人のことを書いてみようと思います。

まずは、私自身のことから。

私はもともと、公立高校の体育教師でした。11年間勤めたあとに学校を離れ、2024年2月に川崎市宮前区で児童発達支援・放課後等デイサービス「フィーカ」を始めました。

なぜ高校教師を辞めたのか。
教員だったころに何を感じていて、それが今のフィーカにどうつながっているのか。

振り返ってみると、大きな理由は二つありました。

2024年2月1日、フィーカはここから始まりました
2024年2月1日、フィーカはここから始まりました

教員として、ずっと感じていた違和感

全日制や定時制の高校に勤めてきました。

当時は朝7時前に学校に着いて、授業をして、放課後は部活動。部活が終わるのが19時か19時半くらいで、そこから授業の準備をします。

家に帰るのは21時から23時。

土日も部活動の練習や試合があります。試合がない週末は、平日に終わらなかった仕事を片づけに学校へ行っていました。

もちろん、大変だから辞めた、というだけではありません。

教師の仕事は好きでしたし、生徒と関わることにもやりがいを感じていました。

ただ、ずっと引っかかっていたことがあります。

子どもとちゃんと向き合おうとすると、事務仕事は時間外に押し出される。

逆に、子どもと関わる時間を減らせば、もう少し早く帰れたのかもしれません。でも、それはやりたくありませんでした。

子どもと向き合いたいから教師になったのに、そこを大事にするほど自分の時間がなくなっていく。

この働き方をずっと続けていくのは難しいだろうな、と思っていました。

特別支援コーディネーターになり見えた、早い段階で支援する意味

もう一つ、大きかったのが特別支援コーディネーターとしての経験です。

発達に特性のある生徒など、さまざまな生徒と接する機会がありました。

そこで何度も感じたのが、

「もっと早い段階で、この子に合った関わり方ができていたら」

ということでした。

単純に「悪い子」ではないんです。

物事の善悪を判断することが難しかったり、自分の気持ちをうまくコントロールできなかったりする。こちらが一生懸命話しても、なかなか伝わらないこともあります。

学校の外でトラブルになり、警察のお世話になってしまった子もいました。

でも、一番しんどい思いをしているのは本人です。

高校生になってから初めていろいろなことを身につけようとしても、簡単ではありません。その子なりの考え方や行動のパターンで、すでに十数年生きてきています。

だからこそ、

幼稚園や小学校くらいのもっと早い時期に、その子に合った支援と出会えていたら。

できなかったことを注意され続けるのではなく、できたことを認めてもらって、「自分にもできる」という経験を積めていたら。

その後は違ったかもしれない。

そんなことを考えるようになりました。

「この子は10年後、どうなっているんだろう」

そう思う場面が何度もありました。

一日で大きく変わるわけではありません。でも、一つひとつ毎日積み重ねていけば、数年後には違いが出る。

それは教師として子どもたちを見てきたなかで、確信に近いものがありました。

だったら、もっと早い段階から子どもと関われる仕事をしよう。

教員を辞めるなら、そこをやりたい。

それが、フィーカをつくった一つ目の理由です。

子どものために頑張る人が、続けられる場所にしたい

もう一つは、子どものことではなく、働く側のことです。

学校にも評価制度はあります。

ただ、頑張った人がその分報われるかというと、私にはそうは見えませんでした。

仕事ができる人、責任感が強い人、子どものために動く人。

そういう人のところに、どんどん仕事が集まっていく。

そして、その人が疲れて辞めてしまう。

すると、残った人にまた仕事が集まる。

そんなことが繰り返されていました。

当時は、土日の部活動も含めて、誰かが自分の時間を使うことで学校が成り立っている部分もありました。

もちろん、それを当たり前だと思わない人もいます。それは当然だと思います。

問題は、誰が悪いということではなくて、誰かの頑張りや我慢がないと回らない仕組みになっていることでした。

私自身も、その中にいました。

子どものためにやりたい。
でも、ずっとこの働き方はできない。

自分が新しく場所をつくるなら、同じことは繰り返したくないと思いました。

子どもとちゃんと向き合えること。

でも、そのために働く人がすり減らないこと。

この二つを両立できる場所をつくりたい。

それが二つ目の理由です。

教員経験を活かせる、次の選択肢をつくりたい

これは、実際に教員を辞めてから感じたことです。

教員を辞めようと思ったとき、意外と次の選択肢がありません。

これまでの経験を活かそうとすると、塾や教育関係の仕事が中心になる。

まったく違う業界に行けば、これまで積み上げてきたものを一度リセットするような感覚もあります。

「教員はつぶしが効かない」

そんなふうに感じている人もいると思います。

だから、辞めたいと思っていても辞められない。

でも、一度「辞めたい」と思った状態から、気持ちを切り替えて以前と同じように頑張れるかというと、それも難しい。

辞めるでもない。
前向きに続けるでもない。

そんな状態で働いている人もいるのではないかと思います。

私自身も、学校という組織での働き方には限界を感じていました。

でも、子どもと関わる仕事を辞めたかったわけではありません。

むしろ逆でした。

もっと子どもと向き合いたかった。

だからフィーカは、同じように感じている人にとっての「次の選択肢」にもなれたらいいと思っています。

教員として積み重ねてきたことは、ここでも活きる

児童発達支援というと、

「自分はやったことがないから」

と思う教員の方もいるかもしれません。

もちろん、療育について新しく学ばなければいけないことはあります。

でも、教員としてやってきたことがゼロになるわけではありません。

子どもの小さな変化に気づくこと。

できたことを見つけること。

できなかったときに、どう伝えればその子に届くのかを考えること。

子どもによって関わり方を変えること。

保護者と一緒に、その子のことを考えること。

学校で子どもたちと向き合ってきた経験は、児童発達支援の仕事でもかなり活きると思っています。

そして、学校との大きな違いは、一人ひとりを見る時間です。

学校では、一人の先生が何十人もの生徒を見ます。

フィーカでは、もっと近い距離で一人の子を見ることができます。

今日はいつもと少し違うな。
これはできるようになったな。
この伝え方だとうまくいくな。

そういう小さな変化を見ながら、毎日の支援を積み重ねていく。

私が高校で「もっと早く関われていたら」と思っていたことを、今はもっと早い段階でやっています。

フィーカという名前に込めたこと

教室の名前である「フィーカ」は、スウェーデンの言葉です。

コーヒーを飲みながら、ひと休みする時間を「Fika」と呼びます。

子どもにとっても、保護者にとっても、そしてここで働く人にとっても、少しひと息つける場所にしたい。

そんな思いで、この名前をつけました。

宮前平の教室。子どもたちが過ごすスペースです
宮前平の教室。子どもたちが過ごすスペースです

会社名の「ピュット」も、北欧の言葉から取っています。

デンマーク語に「pyt」という言葉があります。

うまくいかないことがあったときに、「まあいいか」と気持ちを切り替えるような言葉です。

教員を辞めた当時の私は、この先どうなるのか分からず、もちろん不安もありました。

でも、やっていればなんとかなる。

そんな気持ちもあって、この名前にしました。

今考えると、子どもたちにも同じことが言えると思います。

できないこともある。
失敗する日もある。

でも、そこで終わりではない。

「まあいいか。じゃあ、もう一回やってみよう」

そういう経験を積み重ねられる場所にしたいと思っています。

子どもと関わり続ける、別の働き方

もしこの記事を、いま教員として働いている方が読んでいるとしたら。

「教員を辞めようかな」と考えたことがある人もいるかもしれません。

でも、よく考えてみると、辞めたいのは「子どもと関わる仕事」ではなくて、「今の働き方」なのかもしれない。

私自身がそうでした。

だから、教員を辞めることと、教育や子どもに関わる仕事を辞めることは、同じではないと思っています。

フィーカには、実際に教員経験のあるスタッフも働いています。

子どもと向き合う時間をちゃんと取りたい。

これまでの教員経験を活かしながら、もっと一人ひとりの子どもの成長に関わりたい。

そして、自分自身の生活も大切にしながら、子どもと関わる仕事を続けていきたい。

そんな人にとって、フィーカが一つの選択肢になればと思っています。

私が学校で感じた二つのこと。

「もっと早く、この子に関われていたら」

「子どものために頑張る人が、すり減っていく場所にはしたくない」

フィーカは、この二つから始まった教室です。

もし少しでも気になったら、まずは教室を見に来てもらえたらと思います。

実際に子どもたちとスタッフがどう過ごしているのかを見てもらうのが、一番分かりやすいと思います。

次の記事では、フィーカで実際にどんな支援をしているのか、そして「子どもと向き合うこと」と「働きやすさ」をどう両立しようとしているのかについて、もう少し具体的に書いてみようと思います。

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